スバルショップ三河安城の最新情報。「技術ミーティング」分析第一弾。〜動的質感の追求における技術開発〜| 2020年2月15日更新
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新たな時代へ向けて、今スバルが踏み出す新たな技術領域。動的質感のさらなる追求。
2020年1月20日に、報道関係者を対象に「SUBARU 技術ミーティング」を開催しました。この中で、いくつかスバルは重要な情報を公開しています。これらの情報と過去に公開された情報を合わせ、スバルのロードマップを分析していきます。
スバルが取り組む技術開発領域は、主に3分野に大別されます。一つは、動的質感をキーワードにした走りの進化。2つ目は、2030年の死亡交通事故ゼロを公約とした安全技術。そして、最後が、脱炭素社会の実現への貢献を果たすための環境技術です。
スバルは、「人を中心に考える。使う人にとって何が大切かを考えつくす。そして、クルマに新しい価値を生み出す。これが『SUBARUらしさ』であると私たちは考えます。」としています。スバルは、これら重要開発領域を最優先にしつつ、自らの個性を磨きつつ、長年培ってきたクルマづくりを進化させ、新たな時代へ挑戦していくことになります。
まずは、動的質感領域について、考察を進めてみましょう。
次世代プラットフォームの採用と動的質感という評価軸の導入。
スバルは、2016年秋に発表したインプレッサを皮切りに、SUBARU GLOBAL PLATFORM(以下、SGP)を順次採用しています。このSGPの開発に際してキーワードとなったのが、動的質感。走りの精度や、動きの品質感を表現するものです。コーナリング性能やラップタイムといった絶対性能ではなく、「あらゆる環境下で誰もがコントロールしやすく、意のままに操れること」を主眼に置いているのです。
一般的に、プラットフォームの新規開発で優先されるのは、モデル間の部品共用化率向上と構造の最適化による軽量化です。これに対し、スバルが開発したSGPは、強度及び剛性の飛躍的向上を主眼に置いて開発が進められました。スバルはSGPの導入により、高次元・高品質の走りの実現と世界最高峰の衝突安全性能の両立を狙っているのです。
SGPは、2本のフレームを車体の前後に縦貫させると共に、Aピラー付け根及びバルクヘッドを重点的に強化。車両全体の剛性に「谷間」が生じないようにしつつ、事故時における全方位からの衝撃入力を車体全体で分散・分担する構造を採用。体幹たるシャシー・足腰たるサスペンション、それぞれの剛性を重点的に高めることで、タイヤの接地精度向上を図っているのです。
その効果は目覚ましく、225/40R18を履くモデルでさえ、不快な振動は感じられません。体幹を徹底的に鍛え上げることで、スタビリティとタイヤ接地精度を確保しつつ、しなやかな走りを実現しています。この走りにより、スバル・インプレッサは2016年末にカー・オブ・ザ・イヤーを受賞。その効果は広く認められるものとなっています。
スバルは、SGPのさらなる進化を目指しています。2019年に登場した新型レガシィ/アウトバックでは、フルインナーフレーム構造を新採用。SGPは、ver2.0とも呼ぶべき進化を遂げています。フルインナーフレーム構造とは、骨格となるフレームを先行して組み上げ、最後に外板を組み立てていく方式。それまでのフロア・両側面・ルーフと面ごとにアッセンブリーして組み上げる従来方式に比べて、主要部材をより綿密かつ強固に接合することが可能になります。
登場から4年。SGPはver2.0へと、さらなる進化を果たします。それは、スバルが目指す動的質感向上に際し、SGPがそのすべてのベースとなるからです。
車両の応答性と応答精度が走りに及ぼす影響。
動的質感向上に際し、キーワードとなるのが、車両の応答性とその応答精度です。走る・曲がる・止まる。その全てが、ドライバーの意のままになる。そのためには、ドライバーの操作に対する正確性が常に担保されなければなりません。
アクセルを踏み込んだ際の加速感とトラクション。ステアリングを切り込んでいった時のヨーの立ち上がり感とステアリングフィール。そして、ブレーキを踏み込んだ際の減速感とペダルの踏み応え。その応答が常に正確無比であれば、ドライバーはクルマに万全の信頼を感じるでしょう。しかし、それが時にあやふやであれば、ドライバーは常にクルマを疑い続けねばなりません。
応答が遅いのも問題ですが、反応が過敏でもいけません。それをリニアリティと表現するならば、その品質(=線形性)もまた大切なのです。
ステアリングを切り込んでいった時のことを考えてみましょう。
ステアリングホイールを回していくと、その動きはステアリングシャフトから、パワーステアリングシステムを介して、ステアリングギアボックスに伝達されます。ラック&ピニオンによって、舵角はストロークに変換され、タイロッドがハブを転舵します。ハブの転舵は、ホイールを介して、ようやくタイヤに至ります。
操舵によって、タイヤが地面に対してスリップアングル(=よじれ)を持つと、このよじれを解消するべく、コーナリングフォースが発生します。このコーナリングフォースは、ホイールを介し、ハブからサスペンションを通じて、ボディ側取付点に作用します。この力が、一旦ボディ全体をしならせ、その変形が落ち着くと、ようやく車体にヨーが生じます。
それぞれの過程にフリクションやガタがあれば、応答は不正確かつ不安定となります。スバルが、SGPに圧倒的な高剛性を求めたのは、そのためです。スバルでは、これらの過程に0.45秒を要するとしています。この0.45秒を如何に削減するか。それが、スバルの動的質感向上の新たなテーマとなっているようです。
応答遅れ及び応答精度の改善による動的質感の向上。
車両の応答遅れと応答精度の改善は、ADASの制御にも良い影響をもたらします。
スバルが、車線中央維持機能を初採用したのは、レヴォーグ/WRX S4でした。ステレオカメラ画像のカラー化を図ったEyeSight ver.3では、車線中央維持機能の導入は当初見送られる予定でした。ところが、これをテストカーに試験的に搭載してみると、その結果は望外に良いものでした。殊の外修正点が少なかったため、2014年の発売に間に合わせることができたのです。アイサイトの制御は、驚くほど安定していて、横風や外乱の影響を受けても、ドライバーが不安を覚えることはありません。
その理由は、レヴォーグ/WRX S4の応答遅れと応答精度の良さにあります。キャラクター上、元来そういう特性を持ったクルマだったのです。
これと全く逆の結果に陥ったのが、日産・プロパイロットでした。どういう訳か、日産経営陣は初採用車種にセレナを選択。これは、結果的に大失敗でした。レヴォーグ/WRX S4に比して、ミニバンは車高も重心も遥かに高く、タイヤの扁平率も高いため、伝達系には多分に「遊び」を含んでいます。高速域では横風の影響が大であり、外乱に対する耐性は高くありません。加えて、車両挙動の収束性も良いものではありません。つまり、ミニバンは元来、応答遅れと応答精度が良くないのです。結果的に、日産技術陣は外乱によるフラつきを十分に解決することはできませんでした。
今後、ADASはさらに制御深度を深めていきます。より広い速度域で作動するようになり、作動領域・制御項目はどんどん広がっていきます。そうした中にあって重要視されるのは、「制御しやすい車両特性」です。
ADASが、外乱によって生じた進路乱れを戻そうとするとき、伝達系に「遊び」が少なければ、たとえアンジュレーションの多い路面であっても、進路乱れをより早く・より正確に把握し、より早く・より適切な修正舵が可能になります。結果的に、フラつきが少なく、より安心感の高いライントレースが実現できるのです。
よって、ADASで制御しやすい車両特性を実現するには、より小さな応答遅れと優れた応答精度を付与せねばなりません。これは、スバルが推進する動的質感とちょうど符合するものです。今後、スバルは応答遅れをさらに小さくしつつ、その応答精度と応答性の改善を図り、より御しやすい車両特性を志向していこうとしているのです。
空力特性の改善による直進性改善。
市販車両の空力特性は、主に燃費改善における開発テーマとして研究が進められてきました。トヨタ車のコーナー部に設けられたボーテックスジェネレーターは、その筆頭に挙げられるでしょう。車両表面の境界層の剥離を抑制しつつ、後流を整え、抗力を減ずるための努力を続けてきたのです。ただ、市販車両の常用速度域は100km/hに満たないため、改善シロはさほど多くはありません。その上、100km/hを超える領域は燃費測定モードにないため、商業的には投資の価値がなかったのです。
しかし、市販車両の空力特性の改善は、今後急速に研究が深まる領域となるようです。スバルは、英国にある鉄道用トンネルを流用した実走風洞CARFを利用し、車両の空力特性改善を図り、直進性のさらなる改善を目指します。一般に燃費改善及びダウンフォース獲得に主眼を置くメーカーが多いことを鑑みれば、スバルは世界でも特異な事例となるでしょう。
200km/h級の1/1モデル用風洞は、数ある自動車用研究設備の中でも、もっとも高価なものです。しかも、風洞は竣工すれば明日から使える、というものではありません。風洞での測定値とリアルワールドでの実際値、その相関性を検討せねばならないのです。この相関性を突き詰めるには、凄まじい労力が必要です。
実際、フェラーリがF1用に建設した風洞は当時最新で、世界最高精度の風洞となるはずでした。ところが、この相関性改善に苦しめられます。風洞のデータでは良好なパーツでも、実戦では全く効果を発揮しなかったのです。一方、ドイツにあるトヨタ(TMG)のF1用風洞は、これよりずっと古いものですが、極めて高い相関性を持つため、世界で最も信頼される自動車用風洞と言われています。
スバルが実走にこだわるのは、数百億円に達する風洞建設という大規模投資を回避しつつ、より実際値に近い高精度のデータを得るためのことでしょう。CARFは実車を実走行させることで相関性の問題を完全に回避し、トンネルという閉鎖環境を用いることで温度や自然風等の外乱の一切を除去し、測定値により高い正確性を与えることができるのです。
BEV時代へ向けた、AWD制御技術の進化。
AWD技術は、スバルが世界に誇る技術の筆頭格です。「素のまま」でも極めて高い走破性を有しており、雪にハマった大型車を牽引する等の大それた芸当が可能です。
このAWD技術は、1980年代に開発されて以来、実は殆ど変わっていません。その高い能力の秘訣は、左右均等の重量バランスと、左右対称のコンポーネント配置。そして、低重心レイアウトとシンプルな駆動系レイアウトにあります。そこに、電子制御を加えることで、コーナリング時の前後駆動配分とデフのロック率を制御、4WDらしい走破性と安定性を実現しつつ、4WDを意識させない自然な挙動を実現させているのです。
トヨタは、スバルのAWD技術に強い興味を持っており、現在共同開発中のBEVにはスバルの技術がふんだんに盛り込まれる予定です。今後、自動車業界の再編が進み、部品共用化率が高まっていけば、メーカーの垣根を超えて技術を共有するようになります。そうした時代にカギとなるのが、絶対に真似できない、世界に誇る技術。企業価値を高く維持するには、門外不出のコア技術は欠かせません。
スバルのAWD技術は、2022年登場見込みのBEVを嚆矢に、新たな時代に突入します。水平対向エンジンを核に持たない、スバルのAWD。この時にこそ、スバルは自らの技術力の真価が問われることになります。
内燃機関とモータは、完全に逆のトルク特性を有します。そのため、低μ路でグリップを得るには、全く異なるアプローチが必要です。加えて、BEVのAWDは交流同期電動機を2個以上搭載するため、前後左右に理想通りのトルクを伝達するには、緻密な協調制御が不可欠です。加えて、交流同期電動機は回転数が急激に変動すると、脱調を誘発して制御不能となる特性を持っています。突然の大空転は、同期電動機の大敵なのです。
交流同期電動機の制御については、トヨタに一日の長があるでしょう。しかし、それに頼っていては、スバルはコア技術をトヨタに頼らねばならなくなります。つまり、スバルの技術的独自性は失われてしまいます。これは絶対に避けねばなりません。
スバルは交流同期電動機の制御について、基礎から学ばねばなりません。実際、そうした研究はすでにスタートしています。三鷹には4輪独立制御が可能な、4モータ搭載の試験用EVがあり、さまざまな制御の可能性を探っています。信地旋回も可能と言われるこの試験用EVと通して、様々なAWD制御の可能性が試されていくことでしょう。そして、その成果はBEVのAWD技術に、確実に生かされることになります。
スバルは、米国では信頼あるSUVメーカーとして名声を確立してきました。ですから、スバルのBEVを手にれた米国ユーザーは、当然のように道なき道に繰り出すことでしょう。こうした厳しいフィールドで、BEV用AWDは評価されることになります。オフロード用BEV向けAWDシステム。それは、人類が未だに到達していない領域です。しかし、それを実現した時、スバルは新たな時代をAWD技術で再びリードしていくことになるでしょう。
乗り心地評価に於ける医学的モデルの導入。
乗り心地やNVHといった感性領域については、車両各部に固定した加速度センサーのデータを基準に評価してきました。ターゲットとするライバル車や現行車両に加速度センサーを設置して、走行試験を実施します。
ただ、生データのままでは、様々な振動が複合していて、詳しい評価はできません。この生データを周波数解析することで、乗り心地成分、ノイズ成分、振動成分に分類。それぞれの領域で評価を行います。こうして得られたデータをもとに、開発目標を設定。これをクリアすることを目標に、サスペンション等の開発を行っていくのです。
ただ、ここには常に重大な問題が存在してきました。数値上ではターゲット車両を凌駕しても、実際に走ってみると「ちっとも良くない」のです。つまり、乗り心地やNVHといった感性領域は、数値だけではうまく評価できないのです。しかし、「何となく」の開発目標なぞあり得ません。開発のゴールが設定するには、数値目標が不可欠です。
そこで、各メーカーは実測値と「実感」の相関を改善すべく、様々な評価基準の導入を試みてきました。もちろん、一番手っ取り早いのは、実際に走ること。しかし、テスト車両が完成するまで、実走行試験を開始することができません。それでは、鶏が先か卵が先かの話。開発期間は長期化し、開発の手戻りも増えて、開発コストは膨れ上がってしまいます。
実測値と実感の相関がズレるのは、乗り心地を感じるのが人間の頭部や腰であって、クルマの床面やシートの座面ではないからです。つまり、加速度センサーを設置する位置を少なくとも、人間の感覚部にしなければなりません。ただ、それでも問題は残ります。人間には、心地よい振動と不快な振動があるからです。しかし、その差は極めて些細なもの。でも、感覚的にはハッキリと違います。しかも、そのボーダーラインは体調によっても違ってくるのです。
スバルが動的質感を追求するに際して、感性領域に踏み込むのは当然のことです。そこで、スバルは医学的アプローチを採用することとしました。人間の感覚・知覚システムの領域まで踏み込んで評価できる、評価手法の確立。それが、スバルの到達する最終目標です。
路面入力に対する、心地よいダンピングの理想形。ロールモーションの心地よい収束のさせ方。力感をもっとも感じる加速のつくり方。もしこれが実現すれば、実測値と実感に完全な相関を得ることができます。台上試験やシミュレーションのみでも、乗り心地開発を相当に進めることが可能になります。
スバルの動的質感の追求。それは医学的領域に踏み込んだ新しい評価手法の導入により、新たな次元に突入することでしょう。