家にいよう。特別企画 クラブ・スバリズム歴史発掘!技術的偉業10選 第2弾「A-12/SR-71 ブラックバード」 [2020年04月22日更新]
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ソ連産チタン合金製の、対ソ連戦略偵察機。
製造が進むA-12。製造はすべて極秘のうちに進められ、チタン合金はソ連から調達された。出展:CIA
空力加熱に抗するのに、最も一般的な金属材料はスチールです。しかし、過大な重量は、エンジン出力増加と燃費悪化をもたらすため、性能未達になるのは明らかでした。
そこで採用されたのが、高価で希少なチタン合金でした。スカンク・ワークスは、惜しげもなく機体全てをチタニウム製としたのです。膨大な量のチタン合金を使用するため、米国内の備蓄量では足りず、不足分は用途を偽装してソ連企業から調達されました。ところが、チタン合金の切削加工は極めて難易度が高く、彼らはドリルの刃の開発から始めねばなりませんでした。
ブラックバードの機体形状は、他に類を見ない独特のものです。主翼はデルタ翼で、その中程にエンジンナセルを備え、その直上に内側に傾斜させた垂直尾翼を設置。胴体は平凡な円形胴体ながら、その周囲にチャインと呼ばれるエラを追加。これにより、毒蛇コブラのような独特な形状を構成しています。
極秘裏に授けられた低観測性という未知の性能。
機体上面の筋が、燃料が漏出した跡。地上では常に、燃料をポタポタ垂らしていた。出展:US AirForce
驚くことに、この機体は既にステルス性を備えていました。ステルスという言葉が作られる、20年も前のことです。U-2が度々地対空ミサイルの餌食になっていたため、スカンク・ワークスは「低観測性」という未知なる性能をこの機体に授けたのです。チャインと垂直尾翼は、これを考慮したものですが、当然その目的は機体の存在公表後も極秘とされました。
A-12の機体は、マッハ3飛行時には空力加熱により熱膨張します。もちろん、マッハ3飛行時に燃料が漏出しては危険ですが、常温時の漏出量もゼロするには、莫大なコストが予想されました。そこで、スカンク・ワークスは熱膨張した時のみ、パネルがピッタリ合うよう設計しました。つまり、常温時には隙間から燃料がポタポタと垂れる設計です。
彼らにとっては、不毛な要件に無駄なコストを費やすよりも、目的を予算内で達成することが最優先。余った開発予算は国庫に返還するのが、彼らの美学なのです。思い切った割り切りこそ、スカンク・ワークスの真骨頂です。
速度に応じて変形するジェットエンジン。
[左]アフターバーナーに点火したJ58は、最大推力151.24kNという途方もない出力を発揮する。排気炎の明るく輝く部分は、ショックダイアモンドと呼ばれる。出典:Wikimedia Commons
[右]側面に見える3本のパイプが、バイパスダクト。J58無くして、A-12の誕生はあり得なかった。 Greg Goebel [CC BY-SA 2.0], via Wikimedia Commons
マッハ3への原動力が、J58ターボジェットエンジン。圧倒的な推力で、機体を危険なマッハ3の世界へと誘います。アフターバーナー使用時には特徴的なショック・ダイヤモンドが現れ、幻想的な風景を演出しました。
エンジン先端のショックコーンは速度に応じて移動し、衝撃波を制御。エンジン各部にはバイパスドアが設けられ、速度・高度に応じて開閉。最高の推力が得られるよう、緻密に制御されていました。J58は速度域に応じて姿を変容させる、空前絶後の画期的なジェットエンジンだったのです。
マッハ3.2では、吸入空気は6本のバイパスダクトを経由、そのままアフターバーナーで燃焼するバイパスジェットに変貌。衝撃波面は、ショックコーンの移動により吸気口にピタリと一致。吸入空気がインテーク内で亜音速に減速しつつ圧力が高まるため、全推力の80%をラム圧縮で稼いでいました。
ブラックバードは、圧倒的かつ効率的な推力発生を実現するJ58があったからこそ、長時間の戦略偵察が可能だったのです。
マッハ5超で飛行する未知の航空機SR-72。
ブラックバードが常用する高度80,000ftでは、人は生存出来ません。そのため、パイロットは宇宙服を装着。事前に純酸素を吸入して血中から窒素を排除、オムツを着用して搭乗しました。ミッションは長時間に及び、凄まじいストレスに晒されるため、これに耐えうる人物が選抜されました。
ブラックバードの任務は、国家最重要機密。敵性国家の領空スレスレを飛行。胴体に搭載した高性能カメラで、鉄のカーテンの向こう側を明け透けに撮影して回ったのです。ソ連はこれを憎しとばかりに、地対空ミサイルでの迎撃を試みています。しかし、遂に一度も果たせませんでした。
ブラックバードは、実験機ではありません。準備さえ整えれば、何度でもマッハ3巡航が可能でした。しかも、機体寿命は30年もの長期に及びます。
スカンク・ワークスと米空軍は、依然として情報公開を拒んていますが、マッハ5以上で巡航可能な戦略偵察機は既に飛行段階にあるようです。その名は、SR-72。そのベールは、いつ剥がされるのでしょう。