スバリズムレポート第3弾「ステルス技術の全貌。」 [2019年01月25日更新]

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文責:スバルショップ三河安城 和泉店

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担当:余語

 

レーダ波の反射方向を揃え、継続的な探知を逃れる。

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まるで彫刻物のような造形が印象的な、ハブブルー。航空力学を真っ向から否定する機体形状である。
See page for author [Public domain], via Wikimedia Commons

 

ハブブルーは全長14.4m、空虚重量4,060kgと非常に小型の機体で、降着装置はF-5からの流用品でした。機体制御にはF-16のフライバイワイヤシステムが流用され、不安定な飛行特性を克服していました。

機体の前縁は、主翼先端まで一直線に続き、この角度に多くのエッジが揃えられています。2枚の垂直尾翼は、くっつかんばかりに内側に傾斜しています。また、パネル開口部や内部骨格も可能な限り、角度を揃えられていました。また、エンジンのエアインテークは金属製のグリッドで塞がれており、タービンブレードによる反射を抑制しています。エンジン排気は機体上面に横長のダクトから排出され、地上からの赤外線探知を逃れます。

これらは、ステルスの基本的な手法です。エッジの角度を揃えることで、レーダの反射方向を局限。連続的にレーダに反射波を返してしまわぬよう配慮されているのです。

 

40年間秘匿され続けた、ステルス技術。

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飛行するF-117Aナイトホーク。F-117Aは、その存在を秘匿するとともに、光学的な探知から逃れるために、ほとんどの飛行は夜間に行われた。出典:US AirForce

 

1978年11月には空軍はシニアトレンド計画の名称で、まったく新たなステルス航空機の開発契約を承認。プロトタイプ5機の製造をロッキード・スカンクワークスに命じます。しかし、この事実は一切公表されることはありませんでした。

シニアトレンド計画の存在が明らかになったのは、それから10年後のことです。徹底した機密管理のお陰で、ソ連崩壊まで東側国家はステルス性を備えた兵器を開発することは一切ありませんでした。この間に、米国の技術的優位性は完全に確立。ロシア・中国が、ステルス戦闘機の配備を開始したのは、今年になってからです。

つまり、米国は40年に渡ってステルス技術を独占してきたのです。

 

ソ連を混乱させるために、敢えて与えられたF-117の名称。

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F-117の主兵装はこうした精密誘導弾薬なので、本来は攻撃機に分類されるべき機体。 出典:US AirForce

 

F-117ナイトホークと名付けられた世界初のステルス機は、その名称さえデタラメです。

第一、F-117はレーダの類を一切搭載しておらず、胴体下面に設けられたウェポンベイに搭載するのは、専らレーザ誘導爆弾のみ。つまり、戦闘機ではなく、攻撃機か軽爆撃機に分類される機体です。自衛用に赤外線シーカーの短距離空対空ミサイルを搭載可能ですが、自らの存在を晒すような攻撃は一切しません。

なぜなら、F-117にはその様な機動性はなく、見つかったら直ちに反転して、敵のレーダから消えるだけ逃げるのみ。

117というのも、辻褄が合っていません。順番から言えば、F-19となるべきなのです。センチュリーシリーズと呼ばれる、F-100に始まる超音速戦闘機はF-111で終了し、以後海軍・海兵隊と命名規則を統一して現在に至っています。一部では、F-112からF-116までは鹵獲されたソ連機だった可能性が可能性が指摘されています。

兎にも角にも、F-117という名称は万が一情報が漏れた際に、混乱させるのが目的であるのは間違いありません。

 

コンピュータの助けが無ければ、真っ直ぐ飛ぶことも不可能。

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こうして見る限り、まったく航空機とは思えない奇っ怪な形状である。主翼で翼断面ではなく、単なる菱形。F-117Aはコンピュータ無しでは、真っ直ぐ飛ぶこともできない。 出典:US AirForce

 

機体のマニューバはすべて、フライ・バイ・ワイヤによってコンピュータの管理下にあります。そのためのエアデータを提供するのは、機体先端に突き出した4本のピトー管。SF映画のスケッチから飛び出してきたような、奇っ怪なF-117の機体形状は、コンピュータの力を借りなければ、真っ直ぐ飛ぶことも不可能なのです。

F-117は、ホープレスダイヤモンドの面影を残しつつ細く長い主翼を持ち、主翼はこれまでNACAの翼型を逸脱する多角形断面。極めて大きな後退角を持ち、水平尾翼は省略されています。垂直尾翼はV字翼に似ているものの、方向舵としてのみ作動するため、F-117は無尾翼機に分類されます。

 

レーダ波の反射方向を、4方向に限定。徹底された、F-117Aのステルス性。

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開口するパネルを含め、あらゆるエッジは67.5°と135°で統一されており、レーダ反射を局限。レーダ探知を逃れる。 出典:US AirForce

 

レーダ反射波が特定の方向のみに局限されるよう、機体のエッジはすべて67.5°と135°で統一。どうしても揃えられないエッジはノコギリ状に整形してまで、細かく向きが揃えられています。

機体表面には曲面は一切なく、すべて平面で構成されています。機体外部には兵装等は一切搭載せず、機体下面に設けられたウェポンベイに収納されます。

機体全面はRAMでコーティングされた他、コックピットのガラスには金が蒸着され、レーダ反射を防いでいます。

エアインテーク等の開口部には金網が張られ、エンジンのタービンブレードへレーダ波が届かぬようにしています。また、エンジン排気は主翼後縁上面に流れ、ここで拡散されて赤外線放射を低減するよう配慮されています。

F-117は如何なる方向からレーダ波を照射されても、反射は4方向にのみに限定されます。このため、レーダ側からF-117を見ると、一瞬チラッと映るのみ。それ故、レーダでF-117を連続的に追尾するのは不可能なのです。

 

7年間「UFO」だった、F-117A。

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1981年、初飛行に向けてエリア51のハンガー内で準備を進める、F-117Aの1号機。当時、その存在を知るものはごく限られていた。
Lockheed/United States Air Force [Public domain], via Wikimedia Commons

 

1981年6月18日、F-117Aはエリア51で遂に初飛行を迎えます。初期の試験の過程で、垂直尾翼の効きと強度の不足が判明。以後、垂直尾翼の面積は15%増加されています。YF-117と呼ばれるプロトタイプは、5機が生産されました。なお、1982年4月20日に、量産1号機が配線接続ミスが原因で墜落。これを除いた全59機が生産され、最終号機は1990年7月12日に引き渡されています。

機体形状が特殊すぎるため、ソ連に姿を捉えられば詮索されるのは間違いありません。試験飛行はすべて夜間に行われ、徹底してその存在は秘匿されました。

 
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[左]デザート迷彩の79-10780 FSD-1。79は発注年度の1979年を、FSDは先行開発機を示している。United States Air Force [Public domain], via Wikimedia Commons
[右]空中給油を受ける、79-10784 FSD-5。垂直尾翼が増積されているのが分かる。United States Air Force [Public domain], via Wikimedia Commons

 
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[左]ステルス機らしくブラックにペイントされた、FSD-3。ブラックは、夜間の作戦任務での被視認性を低減する効果がある。United States Air Force [Public domain], via Wikimedia Commons
[右]オペレーション・デザートストーム(湾岸戦争)に参加するため、エプロンに並ぶF-117A。コックピット脇に、レーザー誘導弾の爆撃スコアが見える。湾岸戦争でのF-117Aの精密誘導爆撃は、ステルスを一躍有名にした。US Air Force [Public domain], via Wikimedia Commons

 
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[左]F-117Aは世界初のステルス機であり、ソ連への技術漏洩を恐れ、1981年の初飛行から7年にわたってその存在は完全に秘匿された。ただ、幾つかの事故と目撃証言によって、低観測性の機体の存在は知られており、「極秘戦闘機F-19」として様々な想像がなされたが、そのどれもが連続的な曲面形状で、多面体形状と考えた者は誰もいなかった。出典:US AirForce
[右]B-2Aとともに飛行するF-117A。B-2Aは、XST計画で破れたノースロップが、次の極秘計画で開発されたタシットブルーを足がかりに開発された。完全な無尾翼機のため、より優れたRCSを誇る。冷戦体制の崩壊に伴って製造は21機で終了し、機体価格は高騰。20億ドル以上に達し、同重量の「金」より高いとも言われる。U.S. Air Force [Public domain], via Wikimedia Commons

 

F-117Aは、1983年に初度作戦能力を獲得。1988年11月には、やっとその存在が公開されています。その後、F-117Aは湾岸戦争でレーザー誘導爆弾による精密爆撃を成功させ、一躍脚光を浴びる事になります。

 

世界初のステルス機F-117Aが、ローテクに撃墜された。

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[左]セルビア政府軍に撃墜された、F-117A 82-0806。パイロットは脱出したものの、ステルスに関する技術情報がロシア、中国に流出した。user Marko M [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons
[右]撃墜に成功した、地対空ミサイルS-125(NATO名:SA-3ゴア)。1960年代製の年代物のミサイルだったが、長波で探知に成功した。Srđan Popović [CC BY-SA 3.0], from Wikimedia Commons

 

ユーゴスラビアのコソボ自治州におけるセルビア人とアルバニア人の対立は内戦へと発展し、双方が虐殺を行う深刻な状況に陥っていました。NATOは、孤立を深めるアルバニア人に対する支援を決定。1999年3月24日、セルビアに対する軍事攻撃を開始します。アライド・フォース作戦と呼ばれたこの作戦には、NATO軍機1,000機以上の他、各国海軍艦艇が参加。大規模な航空攻撃が行われました。

F-117Aは、イタリアのアヴィアノ空軍基地に展開。セルビア領内の各種施設に対する精密爆撃を実施していました。

対する、セルビア政府軍はニセの大砲や戦車、橋梁等で、NATO軍を混乱させた他、第二次大戦中の対空砲で無人機を撃墜するなど、しぶとい抵抗を見せます。

同年3月27日、1機のF-117A(82-0806)がベオグラード近郊で対空ミサイルで撃墜されます。これは、現在に至るまでステルス機が撃墜された唯一の事例です。パイロットは脱出に成功したものの、機密を含む機体はロシア・中国の手に落ちたと言われています。

問題は如何にしてステルス機を補足したのか、です。彼らは、60年代もののソ連製対空ミサイルのレーダ送受信機や射撃管制システムを独自に改良しており、長波長・低周波数の電波を利用して探知に成功。2発発射したミサイルのうち、1発が左翼に命中。撃墜に成功したのです。

ステルス機は、一般的にレーダに用いられるGHz帯の電波に対応しています。長波長・低周波数の電波は探知精度は良くないものの、大凡の位置を捉えることは可能なのです。

依然として、ステルスと言えども無敵ではないのです。

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[左]日中の運用における被視認性を確認するために、試験的にグレイにペイントされたF-117A 85-0835 Gray Dragon。現在のステルス機はグレイがスタンダードとなっている。出典:US AirForce
[右]そのステルス性の維持のため、多大なるメンテナンスコストを要するF-117Aは、2008年に全機退役した。にも関わらず、ホームベースたるトノパ周辺では、現在でも飛行中の姿が目撃されている。

 
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予算削減の煽りを受けて、2008年4月22日を以て世界初のステルス機F-117Aは全機退役した。これを記念して行われた最終飛行では、機体下面を星条旗でペイントした。

 

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